他人は鏡というのであれば変えるは自分自身の考えから!

雑記

他人は自分の鏡だというフレーズ耳にしたことありませんか?

自分が思考したことや行動した結果、
他人の行動も決めるという考え。
人って何かちょっと他人からの反応が冷たかったり、
素っ気なかったりするとついその人を責めたり、
他人が悪いって思ってしまいがちですよね。
とはいえそんなことを延々と繰り返しても人の振り回されて、
影響されるばかりで疲れてしまいます。
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人は規模の大きさが違えども他人との人間関係が必要

現在会社員だろうと、
学生だろうと、
フリーランスろうと、

会社や学校、
フリーランスでも対他人ということでは絶対に人間関係というものが生じます。
人里離れたところで自給自足をしているような生活なら他人が全く居ない生活でしょうが、
そのような生活はなかなかないものですよね。
立場がどうあれ、
対他人ということでは誰かしらの他人と時間を共にしたりする必要があるということには変わりありません。

他人はアナタに物事を強制した訳ではない

弓矢
他人と人間関係を構築したり、
他人と接する間にはどうもこの人とは合わないな、
とかこの人のここが気にくわない、
なんてあると思うんです。

とはいえ他人はあくまでアナタの思考に反応しただけであって、
必ずしもそうしろとアナタに強制する訳でもありませんよね?
ですが人ってつい他人のせいにしたり、
他人がこう言うからという理由で物事をやらなかったり(これ私もあります)
他人がこういうからとか、
他人の意見がこうだからと言ってる時点で、
物事を本気でやろうとしていない可能性もありますし、
他人のせいにしてやらない口実を作ってる可能性があります。

もしも本気で成し遂げたいことがあれば、
周りの他人がどう言おうと気にせずにやるハズですし。
もしもやりたいことがあったとしても、
自分の足を引っ張る人が居たとしたら単純に人間関係を変えてしまえばいいだけの話。
要は相手に依存してる可能性もあるということですよね。
なのでまずは他人がどうのこうの、
の前に今後自分がどうしたいか?

だと思うんです。

人のせいにしても人生の問題は解決しないから他責を止めることから!
何か物事がうまく行かないと決まって人のせいにしたりする人、 居ませんか? 会社の上司だったり、 友人だったり。 または自分であったり。 仮に上司や周りの人が何か上手く行かないとスグに人のせいにする人だったらそばにいるアナタは嫌になると思うんです。 なぜこうも毎回人のせいにばかりするのか?という理由や、 そのような相手との付き合い方、 場合によっては関係の見直しについてお伝えします。

他人は鏡ではなく自分の考えや自分の苦手な部分を教えてくれている

他人と言っても他人は鏡と思う時点で上手く行っている人間関係なら特に困ることってないハズ。

何か上手く行ってない人間関係があるからこそ、
悩んだり、
思考錯誤したりってあると思います。
まぁ生きている以上は苦手って人が居ないってなかなか無いと思いますが、
かと言ってその苦手な相手が最初からゼロってないでと思うんですよね。
苦手な相手と呼ばれる人でも、
アナタが接する態度とまた別の人が接する態度って違うと思うんです。
この人には穏やかに接するのに、
自分には嫌味を言われて、
何かと怒られる、
なんてあると思います。
その人に問題があるって場合もありますが、
ですが人によって接する態度がその相手が変わるってちょっとどうなん?
って思いますよね。


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逆の立場になって考えてみる

逆になって考えてみて、
もしも二人人が居たとして、
一人はいつもムスッと不愛想で暗い感じで言葉には出さないけれどあなたのことを拒否してるように感じる。

もう一人は明るく愛想よくアナタのことを受け入れてくれるように感じる。
どっちの人をあなたは好きになるでしょうか?
恐らくは後者かと。
人は自分を受け入れてくれる状態を求め、
反対に拒絶されることのが嫌だと思います。
となれば自分が相手に対してどこかで拒絶してる部分があるから他人が結構敏感に反応して、
相手もアナタのことを拒絶したりぞんざいに扱ったりなんて十分考えられますよね?
そして相手を変えるというのは不可能ですし、
物凄い労力を必要としますし現実的ではありません。
ではなぜ他人の嫌な部分を見つけてアナタは嫌だなーと思うのか?
その苦手とする嫌な部分というのが現在実はアナタが持ってるというのを教えてくれているサイン。
自分が自分のことを分かってないということでしょうね。
私も思い返せば以前いた会社でどうもこの上司や同僚が苦手ってヤツがいたんですが、

・心のどこかで相手を拒否していた
・内心で相手を見下していた

という状態だったな、と。

こんな態度だと相手からすれば無意識に拒否されていたり、
見下されてたりってなるとその相手からも自分にそんな態度が返ってくる。

となると相手がどうこう、の前にまずは変えるべくは自分の考えってことになります。

現在の自分の考えに応じてあくまで他人がそう反応したってことでしょうね。

自分で自分を認めることから

空を見上げる
自分の嫌な部分って誰しもあると思いますが、
嫌な部分や変えたい部分って無理に押し殺して変えようとしてもなかなか上手くいきずらいんですよね。

それか自分の嫌な部分とされるところがどんなことなのかに目を背けてるってこともありますし、
臭いものに蓋をじゃないですが見ないようにしてるかもしれません。
そうですよね。
自分の嫌な所や弱い所ってなかなか自分でも認めたくないし、
そんな所ないって言い張りたいものですもんね。
とはいえ自分の考えを変えるにしても、
まず自分がどのような現状なのか?
自分の嫌な部分を認めることから始めてみる
といいかと思います。
認めると初めて変える部分も見えますし。
そこから開始して今の自分を自分で認めてみる。

他人との比較でなく今の自分を評価する

今の自分を変えるにしてもどうしても人と比較したり比べたりってしてしまいがちだと思いますが、
他人と比べたくなるのは分かります。

SNSを開けば成功した姿の他人の状態をみて、
自分は全然だ、
なんて思うかもしれませんが、
その他人でも成功に至るまでに通ってきた道や歩んできた所がすっ飛ばされて成功した箇所だけがピックアップされがちです。
とはいえ成功したその人でも物凄い苦労した可能性もありますし、
物凄い行動量をこなしてるかもしれません。
他人と比較したところで今のアナタと他人を比較してもただ凹むだけということも考えられますし、
他人との比較を求めるということはどうしてもその成功している他人は人から認められるという側面に焦点をあてがちですが、
他人からの評価って非常に不安定です。
人に良く思われたいだとか、
人からどう思われるか?
の前にまずは自分で自分を認めて自分の良さを評価する方が原動力としては他人を必要としないので楽に生きられます。

他人に対する反応は自分で決めている

アナタと他人は育ってきた環境も違いますし、
考えや価値観も別。

勿論他人の行動で嫌だと思う部分もあるでしょうが、
他人の行動で嫌だと思う部分って自分の嫌な部分が他人を通じて見えてることもありますし、
他人の行動でもどうしてもってときありますよね?
その際にはあくまでその行動だけに焦点を当てて、
「私はこうされると嫌なのでこうしていただけませんか?」とあくまで行動の部分だけに焦点を当てる。
とはいえつい人間ってその人の人格攻撃をしてしまうんですが。
人格攻撃をしてしまうと、
人は拒否されるより受け入れられることを好みますので、
人格攻撃した瞬間に泥沼の戦いになってしまいます。
なので行動だけに焦点を当てることと、
それ以外の人としては受け入れる。
そして変えるは自分の嫌な部分だったり、
自分で自分をどう扱ってるのか?
という部分ってあると思います。
無意識に相手を押さえつけようとしたりだとか、
自分の価値観を押し付けるだとか。
となると不思議と自分の周りにも自分を押さえつけようとする、
価値観を押し付ける人って現れるものなんですよね。
相手が、
の前にまず自分の考えを認めてそこを変えることから始めた方が他人に毎回毎回反発して消耗するより、
自分を変える方が確実ともいえます。

さいごに

他人は鏡といいますが、
自分で自分をどう扱ってるか?
自分が普段どのような考えをもってるのか?
に応じた他人が周りに出現するというシンプルな話なんですよね。

となれば他人に反応してイライラすることを繰り返しても根本的なことを解決しないと繰り返すってことです。
なので変えるは自分の考えから。
そして人との比較でなく、
今の自分を自分で認めることから始めてみることからです。

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