自分の人生に責任を持つと他人に左右されなくなる理由

雑記

自分の人生に責任を持つというコトバ聞いたことありますよね?

自己責任と聞くと始めの内は何だか重たい、
窮屈と感じるかもしれません。
とはいえ大人なら本来はその人の人生の事は自分でコントロールして、
自分で責任をとるのが本来のあり方。
今回はそんな自己責任についてお伝えします。

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自分の人生に責任をもつ

自分の人生に責任を持つということは、
単純に自分の人生の全てに責任を持つこと。

自分が子供で判断能力がない子供なら何か事が起こったときに大人の親が責任を肩代わりしてくれました。
ただ20歳を超えた大人であれば、

・行動した結果
・判断した結果
・決断した結果
・思考した結果

は全て自分の責任。

他人に対する不満や会社に対する不満も生きてるとあるかと思うんですね。
とはいえ、
今のパートナーなり友人、会社を選んだのは自分です。
となればその他人なり会社に居続けるも去るも自由なハズですよね?
自己責任の逆だと他責にしてしまって、
アイツが悪い、
上司が悪い。
そう考えることや他人のせいにするってあると思います。
人間関係でも会社でも理不尽なことってありますもんね。

自分以外に責任を求めるとコントロールを失う

他責は確かに自分の責任ではなく他人のせいだから自分の責任ではないので楽。

とはいえ他責になると他人が悪いからと原因を外に求めることになりますし、
常に他人が決めたことや言動に左右されることになります。
これって結構苦しいものですよね?
他人のせいなら一見楽なようで、
他人の決めたこと言動に左右されて振り回され続けることになるから。

他人はあなたの人生に責任を持たない

日常で生活していると他人から意見をされたりという場面は多々あると思います。

ですが、その意見を受け入れるか拒否するかは最終的にはアナタ。
確かに他人が決めたことに従う方が楽ですよね。
とはいえ他人はアナタに意見をするけれどアナタの人生の責任は負いません。
逆を考えればわかりやすいけれど、
アナタが他人や友人の人生の責任を負わないですよね?
そしてその他人が意見してくることに対して今まではアナタが従うのが当たり前って状況もあると思います。
その状況だと他人はアナタが自分の意見に従ってくれる都合のいい人という可能性もありますし、
あくまでその他人の決めた価値観や考えを押し付けているだけの人も実際居ます。
アナタが自分の責任に目覚めて、
自分で決定して、
自分で行動を開始すると反対意見をする人も出てきます。
今まで自分の意見に従ってくれてたあの人が離れてくという不安から反対意見をするのだと思います。
ですがアナタが自分の人生を生きるならば、
アナタは自立していく必要
があります。
他人の意見ではなくあくまで自分で決めたことに沿って生きる。

他人のせいにするのを止める

アイツのせいだ、
人のせいだ。

これってついしがちですが、
これをしてる時点でアナタが決めたことではなく、
あくまで他人が決めたことに従ってることになります。
なのでまずは今の状況や考えを選んだのは自分と認めて、
そして他人のせいにしないようにする。
他人のせいにするとそれだけエネルギーや思考の労力もそこに割かれますし、
他人のせいにしている時点でその物事を決めたと責めるという構図。
ということは他人の決めたレールに乗るということでもある、
ってことですよね?
でもこれってアナタの人生なのに他人の決めたことに沿って生きるってちょっと違うように思いませんか?
アナタの望む生き方ではなく、
あくまで他人が決めたレールに沿ってって単にロボットでしかないように思うんです。
他人のせいにする、
だと本来のアナタの人生を生きるとは言い難いですので、
人のせいにしている時点で自分の人生のコントロールができてないということです。

過去の出来事は手放してみる

他人のせい。

これって最初の内はこの感情を捨てるって難しいと思うんです。
過去に他人からされたことを未だに思い出すってあるんじゃないでしょうか。
仮に頭の中の想像でそんな他人にされたことに対して復讐しても一時的に解決したような気持になって、
翌日にはまた同じような想像をするってあると思うんです。
これって今生きているのに、
そんな過去をずーっと引きずってってかなりエネルギーのロスです。
今これからホントであればもっと生産性のある事ができたかもしれないのに、
その過去の他人の事にずーっと振り回され続けるって勿体ないと思いませんか?
他人を責め続けるよりか、
アナタにとってより生産性の高いことにエネルギーを費やした方が余程いいと思います。
過去は変えられませんが、
その過去をどう捉えるか?
は変えられます。

他人のためというより、
自分のために過去にされたことを許すことからです。

責任を負うのと自分を責めるのは違う

責任を負うというとどうしても考えてしまいがちなのが、
自分が悪かったからと自分を責め続けること。

確かにモノを破壊しただとかの理由ならば当然自分の責任ですし、
責められることになりますよね?
ただそれ以外のことであっても物事を選択したのはアナタであればそれに対して責任は出てきますが、
行った物事に対しての責任は出てきます。
責任をとるというのはあくまで物事を選択したのが自分だからその物事の原因が自分であればその物事に対しての責任があるということ。
責任があるから何でも自分が悪いと責めるのとはまた別ですし、
終わった過去の事で自分を責めても問題は解決しません。
過去の事で自分を責めても何ら進展しませんが、
今と今後どうするか?

に焦点を当てないと解決はしませんよね?
なので自分の人生には責任をとるけれど、
自分を責める必要はないということ。

あくまで自分の人生に責任をとる

責任をとるというと時として他人のことにまで責任をとなるかもしれません。
(※この場合自身の子供は除いてます。あくまで相手は成人としての他人)

ただ他人の人生ですし、
コントロールできるのはあくまで自分自身だけです。
また他人のことまで責任を持つとなると本来背負う必要のない責任まで背負ってしまいます。
他人の責任を背負うということはその他人は自立できてない人ということを言ってるようなものですし、
その他人にも自我や意志があるわけです。
そこを無視して他人の人生にまで責任を持つということは、
その他人をコントロールしようとしていることでもあるのかもしれません。
他人のコントロールは勿論できませんし、
逆にその他人からすらばその他人が自分自身の人生に責任を負わないとなれば物事の責任をアナタのせいにします。
先ほどと逆ですよね?
自分の人生に責任を負わないと他人のせいにする癖が出来上がるというパターンの逆。
あくまで責任をとるのは自分の人生だけで、
他人はその人自身が責任をとるのがお互い自立した人のありかたといえます。


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自己責任をとれると他人に左右されなくなる

自分で自分の人生に責任をとるようになると自分の人生を自分でコントロールできるようになります。

というのは自己責任になれば他人のせいにしないで全ては自分が原因という考えになります。
自分の人生全ては自己責任という考えは初めの内は他人のせいにするのが癖になってる場合はなかなかその癖から抜け出すまでに時間がかかりますが、
自分で自分の人生の責任をとると決めると他人のせいにしないために全てを自分で決めて行動するので他人に振り回されたり、
他人のせいにしてストレスを抱えるという事が無くなります。
他にも全てが自己責任と認めるということは他人に責任を求めないことですので、
自分で選択する自由を得られるということ。
これって他人にその都度振り回されてイライラしていた状態から全て自己責任となれば、
全ては自分が原因ということを認めるということですので、
時には自分が誤った選択や間違いを犯すこともありますがそれを認めるということ。
間違いや過ちを認めるってなかなかしにくいものだと思います。
ですが過ちや自分の間違いを認めるということは自分の弱さや認めたくない部分に焦点を当てるということでもあります。
認めたくない部分や弱さを認めることができれば、
そこからどう改善したらいいのか?
自分なりに気付けたりもしますので成長できるという利点もあるということです。

さいごに

自分の人生に責任を持つということでお伝えしましたが、
始めのうちは自分が選んだ、選択したことは全て自己責任と認めるのはなかなか難しいものかもしれません。

ですが、
他人のせいにしている時点で自分の人生のコントロールを失ってしまいますし、
人生の主導権を他人に渡してるのと同じ。
他人のせいだといつまで経っても他人に振り回されますし、
消耗してしまいます。
なので始めの内こそ大変かもしれませんが、
自分の人生に起こる原因は自分だということから認めるといいかもしれません。

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